医薬品添付文書の禁忌に該当するが、合理的理由が認められ医師の過失が否定された事例
東京地方裁判所令和4年8月25日判決の紹介(出典ウエストロー・ジャパン)
事案の概要
冠動脈造影検査(CAG、カテーテルから造影剤を流して冠動脈の状態を調べる検査)において、造影剤としてイオメロンの投与を受けたところ、血圧低下、呼吸状態の悪化が見られ、アナフィラキシーショックと診断された。
主な争点
「医師が医薬品を使用するに当たって、当該医薬品の添付文書に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定される(最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決参照)」との最高裁判例を引用し、本件では、イオメロンの添付文書に「ヨード又はヨード造影剤に過敏症の既往歴のある患者」に対してイオメロンを投与することは禁忌と記載されており、患者が添付文書記載の患者にが宇東するため、医師が添付文書の記載に従わなかったことにつき特段の合理的理由があるかどうかが問題とされました。
判決の内容
まず、「ヨード造影剤ならびにガドリニウム造影剤の急性副作用発症の危険性低減を目的としたステロイド前投薬に関する提言(2018年11月改訂版)」が存在することを踏まえて
「イオメロンの添付文書には「ヨード又はヨード造影剤に過敏症の既往歴のある患者」に対してイオメロンを投与することは禁忌と記載されていたものの、実際の医療の現場では、本件提言を踏まえて、過去のアレルギー反応等の症状の程度、ヨード造影剤の投与のリスク及び必要性を勘案して、事例毎にヨード造影剤の投与の可否が判断されていたと認められる。
そうすると、本件投与をしたことに特段の合理的理由があったか否かは上記事実を踏まえて判断するのが相当であり、過去のアレルギー反応等の症状の程度、ヨード造影剤の投与のリスク及び必要性等の事情を勘案して原告に対して本件投与をしたことが合理的といえる場合には、上記特段の合理的理由があったというべきである。」
と判断基準を示し、過去のアレルギー反応等の程度・ヨード造影剤の投与のリスク・ヨード造影剤の投与の必要性を検討し
「本件提言は、中等度又は重度の急性副作用の既往がある患者に対してもリスク・ベネフィットを事例毎に勘案してヨード造影剤の投与の可否を判断する必要があるというものであるところ(上記(2))、原告に対しては心不全の原因を精査するために本件投与をする必要があったこと、被告病院の医師は、ステロイド前投与を行うことによって原告にアレルギー反応等が生じる危険性を軽減することとし、さらに、本件投与で使用するヨード造影剤を、過去にイオメロン投与によって原告にアレルギー反応等が生じなかった事実を踏まえてイオメロンにしたこと、加えて、被告病院では副作用が発現した時に対応できる態勢が整っていたこと(上記(3))からすれば、被告病院の医師が本件投与によるリスクよりも本件投与の必要性が大きいと判断して原告に対して本件投与をしたことは合理的であったというべきである。」
として、本件では特段の合理的理由があると判断し、医師の過失はないと判断しました。
コメント
医薬品の使用に関する医療事故については、判決でも引用している最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決の考え方を基本に
①当該医薬品の添付文書に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生したといえるか
②添付文書に記載された使用上の注意事項に従わなかったことにつき特段の合理的理由があるといえるか
この①と②を検討することになります。考える際には、①に該当すると言える場合に初めて、②の検討をすることになります。
本件は、②の特段の合理的理由について判断した一つの事例として参考になると思われます。