緊急帝王切開実施義務違反などが認められ、脳性麻痺の原因が分娩時の低酸素状態であると判断された事例
胎児が新生児仮死状態で出生し低酸素性虚血性脳症となった事案において、陣痛促進剤慎重投与義務違反や緊急帝王切開実施義務違反が認められ、脳性麻痺の原因が分娩時の低酸素状態であると判断された事例
(広島地裁福山支部平成28年8月3日判決、医療判例解説67号26頁)
【争点】
- 陣痛促進剤を慎重に投与すべき義務を怠った過失
- 胎児の状態を改善し,急速遂娩の実施を怠った過失
- 原告X1の出生後,脳保護療法を行い,高次医療機関に搬送することを怠った過失
- 被告の過失と原告X1の後遺障害との間の因果関係
- 被告の陣痛促進剤使用についての説明義務違反
- 損害額
【判旨+メモ】
争点①陣痛促進剤を慎重に投与すべき義務を怠った過失については、添付文書に関する最高裁判決(最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決・民集50巻1号1頁)に沿って判断が示されている。
そうすると,被告は,インタビューフォームの使用上の注意事項に記載された初期投与量及び増量時の点滴速度に従わずにアトニンを投与しており,特段の合理的理由がない限り,アトニンの投与方法につき過失が推定される。
この点について,被告は,当該使用上の注意に従わなかった理由として,硬膜外麻酔の影響により有効陣痛が発来しない場合があることを経験上知っていたため,有効な子宮収縮を誘発し順調に分娩が進行するよう量を若干増やした旨主張する。しかし,本件において,あえて使用上の注意に記載された初期投与量及び増量時の点滴速度を超える量を投与する必要性はうかがえず,また,硬膜外麻酔を実施している場合,アトニンの初期投与量や増量時の点滴速度を基準値以上に増やすことを推奨する旨の医学的知見も認められないのであり,被告がインタビューフォームの使用上の注意事項に従わなかったことにつき合理的理由があるとは認められない。
したがって,被告は過失の推定を覆す立証をしておらず,被告には,上記使用上の注意事項に記載された初期投与量及び増量時の点滴速度に違反して,アトニンを原告X3に投与した過失があるというべきである。
争点②胎児の状態を改善し,急速遂娩の実施を怠った過失については、胎児心拍数陣痛図(CTG)に基づいて、時間の経過に沿って評価・認定し、レベル4の時点での急速遂娩(緊急帝王切開)への準備着手義務、レベル5の時点での緊急帝王切開実施義務を認定している。
以上のとおり,原告X1の胎児心拍数波形は,○月○日午前0時5分及び午前1時50分頃の時点でレベル3又はレベル4の状態が観察され,その後,午前4時46分までの間はCTGが残存しないため,胎児心拍数波形がどのレベルであったか判然としないものの,この間にも胎児心拍数の低下が起きており,午前4時46分以降はレベル4が継続し,午前5時29分頃にはレベル5に至っている。
このように原告X1の胎児心拍数波形は徐々に悪化しており,午前4時46分頃からは約2時間半にわたってレベル4の状態が続いていたと認められるところ,レベル3及びレベル4では,10分ごとに波形分類を見直し対応することが求められていることからすれば,被告は,本件医院が個人医院であり,また,深夜から早朝にかけての時間帯であって直ちに急速遂娩が実施できないという状況を考慮し,遅くとも午前4時46分頃までには急速遂娩(緊急帝王切開)の準備に着手すべきであり,かつ,レベル4が続いていた胎児心拍数波形がレベル5に至った午前5時29分頃においては,速やかに緊急帝王切開を実施すべきであったと認められる。
争点④因果関係については、大きくは2つの観点から、脳性麻痺の原因が分娩時の虚血・低酸素であると判断している。
なお、病院側からは、脳障害は出生前後で生じたものではなく、出生以前の胎生期に原因があるとの主張がなされていた。
1つ目として指摘されているのは、胎児心拍数の経過に沿って、何時から低酸素状態にさらされていたかを認定している。
前記のとおり,被告には,アトニンのインタビューフォームの使用上の注意事項に記載された初期投与量及び増量時の点滴速度に違反して,アトニンを原告X3に投与した過失がある。そして,アトニンの過量投与については胎児機能不全(胎児仮死)等の出現が警告されていること及び胎児心拍数の経過等を併せて勘案すると,被告の上記過失により,原告X1は,遅くとも○月○日午前4時46分頃には,胎児機能不全に陥り,低酸素状態に曝されていたと推認するのが相当である。
被告は,原告X1の低酸素状態を速やかに改善するため,急速遂娩(緊急帝王切開)を実施すべきであったところ,前記3で述べたとおりこれを怠り,原告X1は,少なくとも出生まで約3時間20分もの長時間にわたり低酸素状態に曝され,その結果,HIEとなり,新生児仮死の状態で出生したものと認められる。
判決では、分娩時の低酸素,虚血が原因で脳性麻痺となったと推測する基準として、アメリカ産婦人科学会が1992年に神経学的後遺症と密接に関連する新生児仮死の要件を一度定義し、2002年(平成14年)に示した基準を参照している。
具体的には①臍帯動脈血pH<7.0、(代謝性か混合性),②在胎34週以降の,早期発症の中等症以上の新生児脳症,③脳性麻痺が四肢麻痺型かジスキネジア型,④他の明らかな原因疾患がないことの要件をすべて満たす必要があるとした。
このうち、②から④は認められるとして、①の臍帯動脈血については、病院が採取しておらず数値の確定はできなかったが、それを理由に要件を満たさないとは判断しなかった。
その点で、客観的数値がない場合の立証方法としても参考になる。
上記①の要件については,被告は,採取しておくことが望ましい臍帯動脈血を採取していない。しかしながら,前記のとおり,基線細変動が減少又は消失すれば,その23%にアシドーシスがあるとの報告があり,遅発一過性徐脈は,徐脈の程度や徐脈持続時間に規定される重症度が増すにつれて,有意の胎児血pH低下が観察され,遅発一過性徐脈の心拍数下降度が45bpm以上,15~45bpm,15bpm未満と軽度になるに従って胎児血pHが上昇すると指摘されているところ,本件では,原告X1の基線細変動減少後,心拍数下降度が45bpm以上の高度遅発一過性徐脈が複数回認められる。このような事情のもとでは,被告が臍帯動脈血を採取しておらず「臍帯動脈血pH<7.0」に関する数値を確定できないことをもって,上記①の要件該当性を否定して因果関係の存在を否定することは相当でない。
