絞扼性イレウスの発症時期が不明でも開腹手術義務が認められた事案
入院患者が絞扼性イレウスによる多臓器不全により死亡し絞扼性イレウスの発症を疑い開腹手術をすべき義務が争われた事案
(名古屋高裁金沢支部平成19年10月17日判決、判タ1278号264頁)
【争点(控訴審)】
- 過失の有無
- 死亡の結果回避可能性
- 損害額
【判旨+メモ】
以上の診断経過,身体的所見,検査所見に,前記2に説示した医療上の知見を併せ考えると,次郎の診療を担当する医師としては,これまでの既往歴からして,保存的治療が4回目になる場合であるから手術の適応と考えるべきであったところ(鑑定の結果),当初から白血球数増多という絞扼性イレウスの発症を疑うべき所見があったほか,その後も,グル音が確認されておらず,ブスコパンを使用したことにより腸管運動が低下したことも考えられるが,腸管運動が低下しているにも関わらず腹痛が継続したことから,絞扼による腸管運動の低下も推察され(鑑定の結果),鎮痛剤の効果も乏しいほどの強い腹痛が持続し,頻脈,発熱などの所見も認められたのであるから,これらの所見を総合判断すれば,遅くとも10月1日午後1時20分の時点(同時点で,「いたーい」と訴え,腹満が著明で,苦痛表情があり,顔面はやや蒼白で,脈拍は140/分,体温は37.2℃となっていた。)において,絞扼性イレウスの発症を疑うべき根拠があったものとして,直ちに開腹手術を決定し,その実施(実施準備)に着手すべき義務(以下「本件開腹手術決定義務」という。)があったというべきである。
なお,鑑定人丁田明夫は,「同日午後2時35分ころに開腹手術を決定すべきであった。」との鑑定結果を出しているけれども,これは,「午後2時35分ころに次郎に対する開腹手術を決定すべきであったといえるか。」との鑑定事項に対しこれを肯定する答えをしたものにすぎず,鑑定の理由中では,それより前の午後1時20分には既に絞扼性イレウスが疑われる状態であった旨を指摘しており,当裁判所の上記判断に反するものではない。
上記のとおり、既往歴・白血球増多・グル音・腹痛・頻脈・発熱などの所見を総合考慮し、開腹手術決定義務を認定している。
また、時刻についても、患者の訴えや所見に基づき認定している。
上記判断は、基本的に鑑定結果に基づいており、鑑定意見が判決に与える影響が大きいことがわかる。
本件では、絞扼性イレウスの発症時期も問題になっている。
発症の有無が不明であるにもかかわらず、注意義務を認定できないという考え方と思われるが、判決では、発症時期が不明でも開腹手術決定義務は存在すると判断している。
次郎の絞扼性イレウスがいつ発症したかについては,前記1のとおり,次郎に対しては,入院当初のレントゲン検査と翌10月1日午前8時50分ころの腹部エコー検査以外に,CT検査等の画像診断は全くなされておらず,その他,絞扼性イレウスの発症時期を確定しうる客観的資料はないから,絞扼性イレウスの確定的な発症時期は,本件全証拠によっても不明というほかはない。しかしながら,前記2のとおり,絞扼性イレウスは急激な経過をたどって敗血症性ショックから死に至ることもあるのであるから,次郎の既往歴のほか,絞扼性イレウスの発症を疑うべき,いくつかの身体的所見,検査所見が認められる以上,直ちに開腹手術を決定すべきであり,絞扼性イレウスの確定的な発症時期が不明であるからといって,開腹手術決定義務があったとの前記判断を左右するものではない。
客観的資料がないことによる推認ではなく、診療経過・所見に基づき注意義務を判断している。
上記認定事実によれば,同日午後1時20分ころに,控訴人乙川が次郎に対し開腹手術を実施することを決定していたならば,次郎が一時ショック状態に陥る前の同日午後3時45分ころまでに開腹手術を開始することができたものと認められ,同時刻までに開腹手術を実施することによって次郎の死亡を回避する蓋然性が十分あったということができる(なお,同日午後1時20分ころに開腹手術を決定していれば,手術前措置等により次郎の全身管理がなされるなどして,次郎がショック状態に陥ったとしても速やかに対応がなされたものと推認されるし,また,本件で控訴人乙川が行ったイレウス管の挿入と失敗という経過がなかったならば,次郎がショック状態に陥った時刻はさらに遅くなったものと考えられる。)。鑑定人丁田明夫は,同日午後2時35分ころに開腹手術を決定した場合にも次郎の救命可能性は認められる旨の鑑定結果を出しているから,同時刻より1時間以上前の同日午後1時20分ころに開腹手術を決定していれば,次郎の救命可能性はさらに高かったものと推認される。
因果関係については、①注意義務違反が認められる時刻から手術開始までの時間を判断し、②手術開始可能な時間のショック状態の有無を認定し、高度の蓋然性を認めている。
