【最高裁】医師の言動と患者の症状の因果関係が問題となった精神神経科の事案

最高裁第三小法廷平成23年4月26日 判例タイムズ1348号92頁
【概要】
精神神経科通院中の患者が、医師から、誤診に基づきパーソナリティ障害であると告知され、治療を拒絶されたことにより、発現が抑えられていたPTSD(外傷後ストレス障害)の症状が出現したことについて、損害賠償を求めた事案
【事案】
~H12.3 ストーカー等の被害
H15.1 頭痛を訴え通院
H15.3 退職
H15.11,12 精神神経科を受診、精神情動安定剤処方
H16.1.9 診察、MRIでは検査
H16.1.30 医師面接
H16.2.10 別病院通院
【判旨】
「PTSDについて広く用いられている診断基準の一つであるDSM-Ⅳ-TR(DSMは、アメリカ精神医学会が発表しているもので、「精神疾患の診断・統計マニュアル」などと訳されている。)によれば、PTSDの発症を認定するための要件の一つとして、「実際にまたは危うく死ぬまたは重傷を負うような出来事を、1度または数度、あるいは自分または他人の身体の保全に迫る危険を、その人が体験し、目撃し、または直面した」というような外傷的な出来事に暴露されたことを要するとされており、また、文献の中には、PTSDの症状が、その原因となった外傷を想起されるもの、人生のストレス要因又は新たな外傷的出来事に反応して再発することもあること、同一ないし類似の再外傷体験がPTSDを発症させやすいことなどを説くものがある。」
「A医師の本件言動は、その発言の中にやや適切を欠く点があることは否定できないとしても、診療受付時刻を過ぎて本件面接を行うことになった当初の目的を超えて、自らの病状についての訴えや質問を繰り返す被上告人に応対する過程での言動であることを考慮すると、これをもって、直ちに精神神経科を受診する患者に対応する医師としての注意義務に反する行為であると評価するについては疑問を入れる余地がある上、これが被上告人の生命身体に危害が及ぶことを想起させるような内容のものではないことは明らかであって、前記のPTSDの診断基準に照らすならば、それ自体がPTSDの発症原因となり得る外傷的な出来事に当たるとみる余地はない。そして、A医師の本件言動は,被上告人がPTSD発症のそもそもの原因となった外傷体験であると主張する本件ストーカー等の被害と類似し、又はこれを想起させるものであるとみることもできないし、また、PTSDの発症原因となり得る外傷体験のある者は、これとは類似せず、また、これを想起させるものともいえない他の重大でないストレス要因によってもPTSDを発症することがある旨の医学的知見が認められているわけではない。なお、C医師は、平成16年2月10日の初診時に、被上告人がPTSDを発症していると診断しているが、この時の被上告人の訴えは平成15年1月にb市立病院の精神科で診察を受けた時以来の訴えと多くの部分が共通する上、上記初診時の診療録には、A医師の本件言動を問題にする発言は記載されていない。
以上を総合すると、A医師の本件言動と被上告人に本件症状が生じたこととの間に相当因果関係があるということができないことは明らかである。被上告人の診療に当たっているC医師が、A医師の本件言動が再外傷体験となり、被上告人がPTSDを発症した旨の診断をしていることは,この判断を左右するものではない。」
【メモ】
PTSDの診断基準へのあてはめ、医学的知見の有無、診療録の比較など、事例に基づいた判断がなされている。
医師の言動について不適切とは指摘しているが、診察の状況を考慮して注意義務違反とすることに疑問を呈している。不適切であることと過失が認められることがイコールではないことがわかる。
仮に注意義務違反にあたるとしても、医師の言動と症状との間の因果関係が否定されているため、法的責任はないと判断される。