採血で痛みを訴えた時点が争われた事案
左腕から採血を受けた原告が、採血の最中に痛みを訴えたにもかかわらず担当の臨床検査技師が採血を続行したために左上肢末梢神経損傷の後遺症を負ったと主張して損害賠償を求めたが認められなかった事案
(東京地裁平成28年1月13日判決)
【争点】
- 過失
- 因果関係
- 損害
【判旨+メモ】
本件採血は,翼状針と呼ばれる注射針(使用中にテープなどで皮膚に固定できるよう翼状の部品が針に付いた,チューブ付きの注射針)と3本の採血管を用いて行われた。原告は本件採血の最中に痛みを訴えたが,B技師は再穿刺することなく本件採血を続行した
と事実認定されているが、過失の前提として、「痛みを訴えた時点やその際の会話の内容」に争いがあった。
この「痛みを訴えた時点」については原告の主張に変遷が認められ、供述は採用されていない。
本件採血時に痛みを訴えた時点について,原告は,翼状針の穿刺時に痛みを感じ,その直後に痛みを訴えた旨主張し,本人尋問においても,穿刺時から数秒後に痛みを感じ,その一,二秒後に痛みを訴えた旨供述している(原告本人1頁,6頁)。しかし,原告は,本件採血当日の再診時に当直医に対して採血の途中から痛みとしびれがあった旨の発言をしており(乙A1・54頁),訴状でも同旨の主張をしていたにもかかわらず,被告から,穿刺時点で痛みの訴えがなかったことから神経損傷が生じたとは考え難いとの反論を受けた後の平成27年1月30日付け原告準備書面(1)で「原告は,この日の採血では当初から痛みとしびれがあったが我慢していた。2-3本目の採血管流入時かは知らないが,途中であまりの痛さとしびれに声に出たのである。」と主張を変遷させるに至っており,このような主張の変遷に合理的な理由が見受けられないことからすれば,原告の前記供述を採用することはできず,むしろ,原告が痛みを訴えた時点は,原告が本件採血直後に述べていたとおり,穿刺時から一定の時間が経過した後のことであったと認められる。
特に、診察時からの変遷ではなく、訴訟上の主張が変遷していたため、供述を採用するのは困難だったと思われる。
痛みを訴えた時点について原告の主張は認められていないが、「本件採血時に注射針で神経を損傷したか又は本件採血によって生じた血腫が神経を圧迫したことにより,原告に痛みやその後のしびれなどの症状が生じた可能性は否定できない。」として、過失が検討されている。
前記の医学的知見のとおり,採血を行う際には注射針で血管付近を走行する神経を損傷する可能性があり,その場合には穿刺時又はその直後から電気が走るようなしびれを伴う強い痛みを訴えるのが通常であるため,穿刺時に強い痛みやしびれの訴えがあった場合には,痛みやしびれの程度と性質から神経損傷の可能性を検討した上で,必要に応じて抜針等の対応を採るべきであるとされている。
採血時の過失に関する判断基準を上記のように判断し、過失の有無を検討している。
結論としては、「原告の訴えた痛みは神経損傷の典型的症状には当てはまらず,神経損傷を疑わなければならない状況にあったということはできない。」「本件採血は翼状針を穿刺した後に翼部分をテープで固定した上で行われたことからすれば,穿刺後に針先が動いた可能性は低い」「採血時の神経損傷の発症頻度は数千分の1ないし数万分の1の程度にとどまるものであること」といった事情から、過失はないと判断されている。
なお、本件では、被告の主張の中で、採血に関する過失の判断基準について、以下のような主張がされていた。
一般論として,穿刺時に患者が強い痛みやしびれを訴えた場合に,採血動作を中止し,痛みやしびれの程度と性質を尋ね,神経誤穿刺の可能性があるときは注射針を抜くべき注意義務があることは認める。
このような主張と判決で示された基準からすると、上記のような事実が認められれば過失が認められると考えられる。
