胃がんでないのに胃の全摘術を受けた事案の病理医と後医の責任の有無
病理組織検査で胃がんでないのに胃がんと診断され、胃の全摘術を受けた事案
(熊本地裁令和6年5月10日判決、医療判例解説114号105頁)
【争点】
- 被告A(病理医)の注意義務違反の有無
- U胃腸科の担当医の注意義務違反の有無
- Y病院の担当医の注意義務違反の有無
- 被告Z社の使用者性又は注意義務違反の有無
- 原告の損害
【判旨+メモ】
病理医の過失については、まず病理診断が胃がんの確定的診断であると言えるかが検討されている。
少なくとも「小さながん細胞(低分化腺がん)」及び「低分化腺がんが潰瘍底にあると診断できます」を意味する部分が、原告が胃がんのうち低分化腺がんであることを確定的に記載したものであることは明らかである。
(中略)
再度の生検が必要であるという極めて重要な所見を口頭で伝達した場合、情報伝達の確実性を期す観点から、同旨の記載を本件病理診断書にも残すのが自然であるが、そのような記載がないことも考慮すると、被告A医師が主張する内容の電話のやり取りがあったと認めることはできず、同主張は採用できない。
(中略)
したがって、本件のように、生検組織が結果的に胃がんに該当しなかった場合には、病理医である被告A医師が診断当時に確実な根拠を有していたことを被告A医師において主張立証しない限り、病理診断に注意義務違反があったものと推認されるというべきである。
病理医の過失については、過失の推認が行われており、診断内容の誤診があった場合の判断基準として参考になると思われる。
病理医の診断後に診察等を行った医師らの責任については、過失はないと判断され、その判断枠組みが示されている。
異なる医療機関における医療行為は、それぞれの医療機関に属する医師の判断と責任により行われるものであるが、現在の専門分化が進んだ医療においては、後医が前医の医療行為や診療を安易に信頼することは許されないとしても、前医から引き継いだ情報を参考にしながら、適切な医療行為を決定すること自体は許されると解するのが相当である。
(中略)
被告A医師の診断と矛盾する所見等が認められるにもかかわらず安易に被告A医師の診断を信頼したような場合には、医師としての注意義務に違反したと評価される場合があるものと解される。
本件では、矛盾した所見が認められず、「引き継いだ情報を参考にしながら、適切に医療行為を決定しており、安易に被告A医師の診断を信頼したような事情はないから」として注意義務違反は認められていない。
本判決は、誤診があった場合の注意義務違反の有無、誤った内容の情報伝達を受けた場合の後医の法的責任の判断枠組みという点で、他の裁判でも参考になると思われる。
