医療事件

損傷された神経が正中神経か皮神経かが争われた事案

kentaro

看護師によりメイロンとメチコバールの静脈注射がされたところ、注射針の刺入により正中神経が損傷し又はメイロンが静脈外に漏出したため,左正中神経障害,カウザルギー,左肘痛等の後遺障害が生じたとして、損害賠償を求めた事案
(岡山地裁平成23年6月14日判決、判タ 1382号287頁、医療判例解説 57号103頁)

【争点】

  1. 乙山医師の行為─バセドウ病と診断せずメニエル氏病と診断したことについて
  2. 乙山医師の行為─本件注射を適切に指示しなかったこと,中止の指示をしなかったことについて
  3. 乙山医師の行為─カウザルギーの早期診断,早期治療をしなかったことについて
  4. 丙川看護師の行為─原告の訴えを聞きながら本件注射を継続したことについて
  5. 丙川看護師の行為─正中神経を損傷したこと等について
  6. 損害

【判旨+メモ】

静脈注射の中止に関して、判断基準を示したうえで、中止されるべき事情は認められない(激痛の事実が認められない)として、注意義務違反を否定した。

静脈注射に際し,放散痛や激痛等が認められれば,神経損傷の可能性があるため,すぐに針を抜き,刺した箇所より末梢側の動き,放散痛や激痛の持続等を観察し,主治医にも報告することが求められる。よって,静脈注射の際に患者が激痛を訴えたり,痛みに耐えられない様子が感じられたりした場合には,注射の中止について検討されるべきであるということはできる。

そして,本件注射の際,丙川看護師が薬液の注入に抵抗を感じたこと,原告に対し疼痛の有無を確認したことは認められる。しかしながら,本件注射を中止すべきと判断されるほどの激痛を原告が訴えたことを認めるに足りる証拠はなく,現に,本件注射はそのまま続行され薬液の注入も完了しており,また,本件注射の翌日,原告は痛み等を訴え複数の医療機関を受診しているが,本件注射後はそのまま帰宅していることからも,本件証拠上,本件注射時において,注射の中止が選択されるべき事情があったとまで認めることはできない。

本件では、正中神経損傷または皮神経損傷によって、注意義務違反の推認ができるかどうか判断基準を示している。

そして,正中神経は,上腕二頭筋の内側の溝を下行して肘窩に達し,前腕の正中部を走って手掌から手の指に至る神経であり,同神経本幹は,肘窩の深部を走行しているということができるから,静脈注射の際,その位置を予見でき,また,注射針を深く刺入しないことでその損傷を回避することが可能である。一方で,肘窩の天井には,外側前腕皮神経や,正中神経の枝である内側前腕皮神経もあり,特に内側前腕皮神経は,皮膚から比較的浅い層を通過し,静脈周辺や静脈より浅い部分を走行している場合もある。しかしながら,静脈注射等の際,皮神経の走行位置を正確に予測することは,現在の医学では困難であるという指摘があり(乙A4,本件鑑定及び弁論の全趣旨),この点については,本件において医学的知見を述べているC2医師,D1医師も否定するものでなく,事実ということができる。
 そうであるとすれば,静脈注射により正中神経が損傷されたとすれば,特段の事情がない限り医療従事者の義務違反を推認することができる一方で,静脈注射により皮神経が損傷されたとしても,それのみをもって医療従事者の義務違反を推認することはできない。

そのうえで、具体的事実に基づく判断では、神経損傷の有無とどの神経が損傷されたかが判断されることになる。

本件注射により,原告の何らかの神経が損傷し,それに起因して左上肢機能障害,左前腕部痛,正中神経領域の障害が生じたことは認められるが,本件注射の針によりあるいは注射液が漏出することで直接損傷された神経がどの神経であるかについては,不明というほかなく,それが正中神経であるとまで認めることはできない。

結論として、神経損傷は認められたが、どの神経が損傷されたかは「不明」とされ、請求は認められなかった。

患者としては、「正中神経の可能性がある」では証明が不十分であり、「皮神経ではなく正中神経である」とまで証明しなければならない。
正中神経損傷が認められれば過失が推認される点では患者に有利に働くが、正中神経の損傷そのものの証明は容易ではない。

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平井 健太郎
平井 健太郎
弁護士
大阪市で医療過誤事件(患者側)を中心に扱っています(全国対応)。 現在、訴訟6件(高裁1件、地裁5件)、示談交渉中・調査中の事件は10件以上を担当しています。
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