【最高裁】術後出血への検査義務が問題とされた事案

最高裁第三小法廷平成28年7月19日判決 医療判例解説 65号2頁(2016年12月号)
【概要】
松果体腫瘍摘出術後に脳内出血が生じ、脳の器質的損傷のため高次脳機能障害等の後遺症が残ったことについて、本件手術後に出血の兆候が出現した時点で頭部CT検査を実施すべき注意義務違反が争われた事案
【事実経過】
H21.3.3 2cm大の松果体腫瘍及び閉塞性水頭症と診断
H21.3.25 松果体腫瘍摘出術(亜全摘の状態のまま止血措置をして閉頭)
19時 集中治療室へ
21時 血圧上昇傾向
22時 失見当識出現、脳室ドレーン排液が水性から淡血性⇒経過観察指示
23時 血圧降下剤の投与、高血圧傾向持続
H21.3.26
0時 血圧落ち着きMMTの結果に低下なし
2時 意識レベル低下、対光反射の低下、右不全片麻痺の症状、従命不良、脳室ドレーン排液の血性度上昇、頭蓋内圧の上昇
2時30分 頭部CT検査、第三脳室中心に血腫、中脳を圧迫
5時42分 血腫除去術
手術後 高次脳機能障害残存
【判旨】
「適時に頭部CT検査が実施されなかったといえるとしても、このようなD医師の医療行為が著しく不適切なものであったといえないことは明らかであるから、本件は、上記不法行為責任の有無を検討し得るような事案とはいえないというべきである。」
「本件は、原審が適切であるものとして認定した医療行為を受けていたならば被上告人に重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性が証明されたとはいえないことも明らかであるから」
(山﨑敏充裁判官の補足意見)
「本件手術の術後管理における医師の注意義務(適時に頭部CT検査を実施すべき義務)を論じるに当たっては、術後の脳内出血の部位や血液の貯留状況等血腫形成の機序及び時期の解明が必要であり、また、被上告人の容態の変化等脳内出血ないし血腫形成を疑うべき外部的徴候の出現の有無及び出現時期といった事実関係を確定する必要がある。これら脳内出血ないし血腫形成に関わる事実については、その性質上、どのような徴候の出現をもって脳内出血ないし血腫の形成を外部から判定することが可能かという点を含めて、医学的な専門的知見を適切に活用することなくしては、的確な認定判断を行うことは困難である。」
「そうした主治医の診断と指示が相当であったか否かについての説示は見当たらず、それが相当でなかったとする具体的な根拠は示されていない。また、頭部CT検査を繰り返し実施すべきであったとする点についても、長時間にわたる手術の後にICUにおいて術後管理が行われていた被上告人に対し、そのような頻回にわたるCT検査の実施が現実的に可能なのか、患者に対する負担の観点から適切な医療行為といえるのか、という点で疑問が提起されよう。そうすると、原審の確定した脳内出血ないし血腫形成に関する事実関係を前提としても、医師の診断とこれに基づく措置が不適切であったということを具体的に指摘することなく、また、実施すべきであったとする行為の現実的可能性及び医療行為としての相当性について医学的見地からの検討を経ることなく注意義務違反を認めた判断には、疑問を挟む余地があると言わざるを得ない。」
「 以上のとおり,原審の認定判断については,被侵害利益に関する部分のみならず、医師の注意義務に関する部分にも相当の疑問があるように思われる。審理経過等も併せみると、本件では、医師による鑑定等が実施されないまま、被上告人提出に係る匿名協力医作成の意見書の記載に相当程度依拠して、主治医の注意義務についての認定判断がされているようにうかがえるが、そうした匿名意見書の証拠価値については慎重な検討を必要とすることはいうまでもないところであり、やはり鑑定を実施するなどした上で、それにより得られた中立的な立場からの専門的知見を活用し、医学的見地からも十分説得力のある根拠を付した認定判断をすべき事案であったように思われる。」
【メモ】
補足意見の中で、太字にした箇所を見ると、やはり医学的機序の解明が第一に重要であることがわかる。
また、匿名意見書の証拠価値についても言及されており、顕名意見書がない場合にどうするのか、本当に鑑定を実施すれば説得力ある認定判断に繋がるのか、不明な点はあるが、医学的機序の解明と事実認定、十分な医学的見地からの意見が必要であることが再確認できる。