備忘録

【転倒事案】個室トイレ内の転倒について安全配慮義務違反が認められた事案

kentaro

高松高裁令和2年12月17日 出典ウエストロー・ジャパン

【概要】

統合失調症の治療のため医療保護入院中、個室トイレ内で転倒して左急性硬膜下血腫の傷害を負い、左上下肢麻痺等の後遺症が残存し、安全配慮義務違反が認められた事案

【判旨】

安全配慮義務一般論について
「本件診療契約は、統合失調症に罹患した控訴人が、被控訴人病院に入院した上で被控訴人から診療行為の提供を受けることを目的とするものであるから、被控訴人は、医療事業者として、本件診療契約に基づき、患者である控訴人に対し、具体的に予見することが可能な危険からその生命及び健康等を保護するよう配慮すべき義務を負うと解される。」

「控訴人が本件個室トイレで転倒する具体的危険性があったか」について
「控訴人は、本件事故の当時、本件個室トイレにおいても、立位であると座位であるとを問わず、転倒して頭部を受傷する具体的な危険性があったと認められる。」と判断し

「被控訴人において、控訴人が本件個室トイレで転倒する具体的危険性を予見し、又は予見することができたか」について
「控訴人が本件個室トイレで転倒して、頭部を受傷する具体的危険性を予見し、又は予見することはできたというべきである。」と判断し、被控訴人の反論について「被控訴人は、「転倒の具体的に切迫した危険がない。」などと主張しているが、控訴人が転倒する際に前触れがあるわけではないから、そもそも「具体的に切迫した危険」など想定できない。」とも判断している。

結果回避義務違反について
「常時、控訴人を監視する必要が生じるが、他の患者も存在する中で、限られた人数の職員が控訴人を常時監視することは不可能に近いものというべきである。」とする一方で、「患者がトイレに入っていることを認識している場合には、より慎重な配慮が必要であるというべきである。」と状況によって区別し、「被控訴人病院の看護師としては、控訴人がトイレに入っていることを認識した場合には、声掛けをするなどして安否を確認し、その後は控訴人の側を離れず、個室に入っている時間が長時間に及ぶ場合には、解錠して、個室の中の様子を確認し、用便が済んでいる場合には、個室から連れ出して病室に連れ戻す注意義務を負担していたというべきである。なお、このような対応が、控訴人のプライバシーを侵害するものでないことは明らかである。」として、注意義務違反を認定している。

後遺障害慰謝料について
「控訴人は、本件事故の直前の頃には、錐体外路症状の影響や統合失調症による幻覚妄想のために、一人で通常の社会生活を送ることは困難であったことが認められる。」ことも考慮されて1000万円と判断されている。

【メモ】

本件個室トイレで転倒する具体的危険性があったかについて
①統合失調症の治療薬リスペリドンの副作用によって錐体外路症状
②現に転倒を繰り返していたこと
③座位からであっても、後方に転倒し、頭部を受傷する具体的な危険性が存在
④相当小柄であり、転倒の状況によっては、個室トイレ内の狭い空間に入り込んで頭部を受傷する危険性
⑤睡眠作用があるエバミールを服用
これらの事実に基づいて、転倒の具体的危険性があると判断している。

転倒の具体的危険性の予見可能性については、診療記録の記載内容から予見可能性を認定し、転倒の切迫性について「転倒する際に前触れがあるわけではないから、そもそも「具体的に切迫した危険」など想定できない」と判断している点が注目される。

結果回避可能性について、抽象的一般的に述べるだけでなく、トイレに入っていることを認識しているかどうかで場合分けしており、状況に応じた検討を求められている。

ABOUT ME
平井 健太郎
平井 健太郎
弁護士
大阪市で医療過誤事件(患者側)を中心に扱っています(全国対応)。 現在、訴訟6件(高裁1件、地裁5件)、示談交渉中・調査中の事件は10件以上を担当しています。
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