麻酔による心停止事案で医師の裁量や結果回避可能性に言及のある判例
最高裁平成21年3月27日第二小法廷判決(判例タイムズ1294)
【事案の概要】
左大腿骨骨折の65歳患者が、全身麻酔と局所麻酔を併用して人工骨頭置換術を受け、手術中に血圧が急激に低下し心停止となり死亡した事案
【争われた過失】
①麻酔薬の投与及び血圧管理において被告医師らに注意義務違反があったか。
②1度目の心停止後にされた心肺蘇生措置において被告医師らに注意義務違反があったか。
【第一審】
・各麻酔薬の投与量は能書に記載された投与量等に照らし過剰とは言えないとして過失否定
・心停止の原因は電撃型脂肪塞栓と断定できないものの麻酔によるものとも認められないとした
【控訴審】
「プロポフォールを主体とする全身麻酔と塩酸メピバカインによる局所麻酔を併用するに当たり,これらを併用するという事情及びAの年齢等の個別事情に即した薬量を配慮しなかった過失があり,これにより,本件心停止が生じ,死亡の原因となった。」と過失の認定したが
「仮にC医師において薬量の加減を検討して塩酸メピバカインの投与量を減らしたとしても,その程度は麻酔担当医の裁量に属するものであり,その減量により本件心停止及び死亡の結果を回避することができたといえる資料もなく,また速やかに心臓マッサージが開始されたとしても,死亡の結果を回避することができたといえる資料もない。したがって,Aの死亡を回避するに足る具体的注意義務の内容(死亡と因果関係を有する過失の具体的内容)を確定することは困難である。」として過失を否定(上記で過失を認めていることから因果関係の否定になる?)
「延命を得た可能性が相当程度あることは否定できない」として請求を一部認めた。
【最高裁】
「投与量の調整をしなければ,65歳という年齢のAにとっては,プロポフォールや塩酸メピバカインの作用が強すぎて,血圧低下,心停止,死亡という機序をたどる可能性が十分にあることを予見し得たものというべきであり,そのような機序をたどらないように投与量の調整をすべき義務があった」と義務を設定したうえで、義務違反と因果関係も認めている。
「医師がプロポフォールと塩酸メピバカインの投与量を適切に調整したとしてもAの死亡という結果を避けられなかったというような事情はうかがわれないのであるから,プロポフォールと塩酸メピバカインの投与量をどの程度減らすかについてC医師の裁量にゆだねられる部分があったとしても,そのことが上記結論を左右するものではない。」として医師の裁量との関係を指摘し
「本件の個別事情に即した薬量の配慮をせずに高度の麻酔効果を発生させ,これにより心停止が生じ,死亡の原因となったことが確定できる以上,これをもって,死亡の原因となった過失であるとするに不足はない。塩酸メピバカインをいかなる程度減量すれば心停止及び死亡の結果を回避することができたといえるかが確定できないとしても,単にそのことをもって,死亡の原因となった過失がないとすることはできない。」として、結果回避可能性の考え方について言及している。