医療訴訟における迅速・計画審理の取組について
元東京地方裁判所医療集中部裁判官の執筆した「医療訴訟における迅速・計画審理の取組について」(判例タイムズNo.1520)を読みました。
医療訴訟の長期化の要因として、以下のことを指摘しています。
①訴え提起時に原告において主張の特定や医学的知見に係る証拠の提出が不十分な事案が少なからずあること、②当事者双方が準備書面を作成する上で協力医の意見を聴取等することから、通常訴訟よりも長く期日間の準備期間を要すること、③裁判所において専門的知見を取込んだ上で記録を丹念に検討する必要があることから、心証形成が遅れがちであり、主導的に訴訟指揮を行うことができないまま期日が続いてしまうこと等が挙げられると考える。
指摘はもっともで、患者側代理人としては、①に該当しないことは訴訟提起段階で心がけている。
他方、②の準備期間が長くなることはやむを得ない面があると考えており、③の裁判所の進め方は人によって様々であり、主導的に進行する人や特に何も意見なく進めていく人もいる。
自分の事件しか知らないので、裁判官だからこそわかるところであるが、訴状段階で過失の特定等が不十分な事案が
「感覚的には、新件のうち3~4割程度については早期打合せ期日を実施して原告に主張立証の補充を求めている。」
とのことであり、裁判官が、かなり多くの事件で訴状の内容が不十分であると感じていることがわかった。
自分自身がこの3~4割に入らないように事前準備を心がけたい。
執筆者が所属した係では、以下のような進行スケジュールを考えていたようである。
特段の事情がない限り、訴状(早期打合せ期日を行った場合は、それにより主張立証の補充がされたもの。)、答弁書(実質的な認否反論が記載されたもの。)、各第1準備書面の提出により、書面が2往復した段階で暫定的心証開示を行うことを目標としており、その旨を初回の期日で伝え、第1準備書面までで協力医の意見書の提出を含め一とおりの主張等を尽くしてもらうよう求めている。
このスケジュール感覚は、これまでの経験からすると、大変速い進行であると感じる。
たしかに、示談交渉時に内容を詰めた議論がされていれば、このようなスケジュールも可能かもしれない。
他方、訴訟になって初めて判明することもあり、そのような場合、1回の準備書面までで主張等を尽くすのは困難であろう。
この執筆者のところでは、「訴訟係属から6月ないし1年程度で和解に至るか、そうでない場合には、必要に応じて人証調べを実施した上で訴訟係属から1年ないし1年6月以内には判決言渡しがされているのが大半となっている。」とのことであり、これまでの医療訴訟の審理期間からすると非常に早い解決を図っていることがわかる。
その要因としては、執筆者の以下の取り組みが影響していると思われる。
私は、主任裁判官として、訴え提起時点から適時に客観的に認定できる事実経過及び医学的知見を整理し、遅くとも暫定的心証開示を行うまでには、箇条書きのメモのような形ではなく、判決書に近い体裁で認定事実の概要及び争点に対する判断の要旨を起案しており、それを踏まえて裁判体で合議を行い、裁判体としての心証が形成されている。
つまり、裁判官がその事件をどう考えているかを双方に説明するまでの準備が徹底されており、そこまで準備して発せられる裁判官の発言には、やはり説得力が増すのだと思う。
また、代理人としても、依頼者に対し、裁判官の思考を想像で説明するのではなく、具体的に説明することができ、依頼者の納得度も変わると思われる。
今回の執筆者は東京地裁の医療集中部に所属していた裁判官であるが、同じ医療集中部のある大阪地裁でも同様の取り組みが行われることも考えられる。
患者側代理人としては、裁判官が心証を形成するために必要な主張・証拠を早期に準備し、訴訟提起の段階から事前交渉を踏まえた議論を深めた書面を準備できるよう心がけたいと思う。