手術時の麻酔方法について説明義務違反が認められ自己決定権侵害が認められた事案
左膝の人工関節置換術単顆型を受けるにあたって、全身麻酔の上、大腿神経ブロック及び坐骨神経ブロックを用いて実施され、本件手術後、大腿部の膝の少し上から下腿部及び足にかけては感覚が戻らず、足指及び足関節が動かない状態が継続したまま退院した事案(札幌地方裁判所令和7年1月15日判決、医療判例解説116号33頁)
【争点】
- 本件手術に際して神経麻痺が生じるリスクの説明義務違反の有無
- 神経ブロックの説明とこれを用いない選択肢の説明義務違反の有無
- 全身麻酔下及び深い鎮静下での神経ブロックを回避すべき注意義務違反の有無
- 神経ブロックを回避すべき注意義務違反の有無
- 争点1ないし4の説明。注意義務違反と原告の神経麻痺との間の因果関係の有無
- 損害額
【判示+メモ】
争点①については注意義務違反がないと判断され、以下のような判示がされている。
この点、本件麻酔同意書には、「極めてまれに痺れが残ったり、神経の近くで出血し血液の塊が生じた場合には処置が必要なことがあります。刺入部の痛み・違和感が残る場合もあります。」と記載され、その部分に手書きで丸印が付けられ、原告はこの同意書に署名している。(中略)本件手術によって下肢に麻痺が生じる可能性があることを説明しており、原告はそれを認識した上で本件手術に同意したと認めるのが相当である。
手術前に説明を受け署名しているであろう同意書の記載内容に沿って、記載のある内容については同意したとの認定がされている。
実際には説明を受けていないと主張がされることもあるが、裁判においては診療記録の記載内容と異なる事実を主張するのは認められないことがほとんどである。
争点②については、結論として説明義務違反を認めている。その判示の一部を抜粋する。
このように、本件手術における麻酔の方法について、全身麻酔及び神経ブロックによる手法又は全身麻酔のみによる手法の2つのパターンが考えられ、鎮痛の程度に差が出るとしても、本件手術において神経ブロックを用いない方法をとることができる中にあって、神経ブロックには一定の割合で神経損傷の合併症が想定され、神経麻痺のリスクがあることからすると、原告の自己決定権の観点から、原告に対し、神経ブロックを用いず、全身麻酔のみで手術を行う選択肢があることを示す義務があるというべきである。
もっとも、説明を受けていたとしても神経ブロックを用いない方法を選択したと合理的に推認することはできないとして、因果関係は否定され、自己決定権侵害に対する慰謝料のみがみとめられている。
全身麻酔薬に加えて神経ブロックを使用する合理的な理由があったことなどからすると、説明義務違反による原告の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料の額としては50万円が相当であり
上記のとおり、自己決定権侵害に対する慰謝料50万円が認められている。
なお、本件は控訴中(令和7年6月15日時点)であり、控訴審の結論はわからない。
